奈良奉行・川路聖謨は、養父光房に変装して町へ出た。永原村の百姓直三の案内で旅籠に着いた川路は、待っていた髪結いによって町人の出で立ちに仕上がった。果たして川路の目的とは……。
元興寺を含む、南都七大寺とは平城京とその周辺にあって、朝廷の保護を受けていた寺院のこと。これらの寺院をベースに発達した奈良時代の代表宗派を南都六大宗といい、学僧が仏教の研究を行う学派的要素が強かった。