奈良奉行・川路聖謨が佐渡奉行時代、最初に行った大仕事、佐渡一国一揆の判決申し渡し。全ての案件が滞りなく片付いた後、奉行宛の手紙が来た。「直披」と脇付がある手紙の主は……。
ある記録によると、享保3年(1718)に江戸町奉行所で受け付けた裁判件数は3万5千件を超えていたという。その内、3万3千件が金銭問題が絡む金公事だった。