奈良奉行・川路聖謨の華麗な身のこなしで危機を脱した一行。無人の八畳間から天井裏に上がろうとしたとき、襖の向こうから「お奉行」と声がかかった……。
奈良奉行所の組織が整備されたのは、中坊時祐が在任中のとき。与力6騎、同心30人、牢番1人がおかれた。与力はその後、8人となり、明和年間(1764~1771)以後は、中条、羽田、橋本、斎藤、玉井の7家の世襲となった。